《判例のご紹介》最高裁令和2年7月6日判決(いじめ防止対策推進法に違反することが公務員にとっての重大な非違行為とされた件)

目次
【事案】
【判決要旨】
1.【解説】
2.【解説】
3.【解説】

【事案】
 兵庫県姫路市立中学校の柔道部顧問をしていたYは、部員間の暴力行為を伴ういじめを把握しながら、いじめにより受傷した被害生徒A及び副顧問Bに対して、受傷は自招事故によるものとの虚偽の説明をするように指示した。
 Yは、このことを理由に定職6月の懲戒処分を受けたが、これを不服として取消訴訟を提起した。
 原審の大阪高裁は、裁量権逸脱を理由に兵庫県教育委員会の処分を取り消したので、兵庫県が上告した。
 最高裁は、要旨、次のように述べて兵庫県教育委員会の処分は適法であると判断した。

【判決要旨】
 Aは、上級生らによる継続的ないじめ被害に遭い、明らかな傷害を負うに至っている。Yはこれらの事実を把握しながら、A及びBに対して、受診に際して自招事故によるものであるとの事実と異なる受傷経緯を説明するよう指示した上、自らも医師に連絡して虚偽の説明をした。
 このようなYの言動は、大会を目前にして、主力選手らによる不祥事が明るみに出ることを免れようとする意図を窺わせる。
 Yのとった言動は、Aの心情への配慮を欠き、Bが校長等に報告することを暗に妨げるものともいうことができるのであって、「いじめを受けている生徒の心配や不安、苦痛を取り除くことを最優先として適切かつ迅速に対処するとともに、問題の解決に向けて学校全体で組織的に対応することを求めているいじめ防止対策推進法や兵庫県いじめ防止基本方針等に反する重大な非違行為である」。
 Yの言動は、「いじめの事実を認識した公立学校の教職員の対応として、法令等に明らかに反する上、その職の信用を著しく失墜させるものであるから、厳しい非難は免れない。」

1.【解説】
 2011年に大津市立中学校に通っていた中学2年生の男子生徒が同級生らによるいじめを苦に自殺した事件を契機として、2013年6月28日に我が国で初めてのいじめ対策の法律としていじめ防止対策推進法(以下「法」と言う。)が成立し、同年9月28日に施行された。
 法2条は、日本の法律として初めて、「いじめ」を「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校)に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」と定義した。
 被害児童生徒の主観を基準にすることによって、定義を明確化するとともに、いじめ被害を広汎に認知することができるようになった(*1)。
 また、法4条は、「児童等は、いじめを行ってはならない」と規定した。これは訓示規定であると解されているが、法律上禁止規範が置かれたことの意味は大きい。

2.【解説】
 本件で適用されたのは、法8条である。法8条は、「学校及び学校の教職員は、基本理念(*2)にのっとり、当該学校に在籍する児童等の保護者、地域住民、児童相談所その他の関係者との連携を図りつつ、学校全体でいじめの防止及び早期発見に取り組むとともに、当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する。」と規定している。
 本件においてYは、いじめを認知していながら、これを隠蔽しようとしたものであり、このことが、「児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務」を定める法8条に違反することは明白である。
 また、本件では法12条により定められた地方いじめ防止基本方針も適用されている。法12条は、「地方公共団体は、いじめ防止基本方針を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体におけるいじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針(以下「地方いじめ防止基本方針」という。)を定めるよう努めるものとする。」と規定しており、これを受けて、兵庫県及び姫路市においてそれぞれ基本方針が定められている。
 判決では、これら基本方針のうち、兵庫県いじめ防止基本方針の「いじめを受けている児童生徒及び保護者への支援」として、「いじめを受けている児童生徒を守るとともに、心配や不安を取り除き、解決への希望や自分に対する自信を持たせる。」との部分、及び、姫路市いじめ防止基本方針の「いじめの兆候を発見した時は、これを軽視することなく、早期に適切な対応をすることが大切である。
いじめを受けている児童生徒の苦痛を取り除くことを最優先に迅速な指導を行い、問題の解決に向けて学年及び学校全体で組織的に対応することが重要である。」との部分が引用されている。
 本件におけるYの言動は、主力選手のキャリアが傷つかないようにするためにAに対して泣き寝入りを指示したものと言われても仕方がないものであり、いじめを受けている生徒の心配や不安を取り除き、解決への希望や自分に対する自信を持たせることなどを定める、これらの基本方針に違反することは明らかである。

3.【解説】
 ところで、いじめ防止対策推進法が施行されて7年になろうとしているが(2020年7月24日現在)、未だに学校現場でその内容が十分に周知されているとは言い難いのが実情である。
さすがにいじめ認知を行わないというケースまでは聞かないが、いじめ認知を行った後の対応がいじめ防止対策推進法に沿っていると思われないケースは多い。
例えば、滋賀県高島市立小学6年生女児のいじめ不登校ケースでは、平成28年9月にいじめ認知がなされたが、不登校解消のために市職員が女児の主治医と面談したのは、既に2学期がほぼ終わろうとする同年12月15日のことであり(*3)、相談室登校に向けた保護者との打ち合わせが行われたのは卒業まで1か月ほどの平成29年2月7日、登校再開は同月13日のことであった。
しかも、その打ち合わせの中で、加害児童の声が被害児童の耳に届かないように注意してほしいと申入れが行われていたにも関わらず、同月22日、あろうことか加害児童に校内放送をさせたことでその声が被害児童の耳に届き(*4)、被害児童は以前のつらい思い出が蘇り、同月27日に過呼吸を起こして救急搬送されるに至った。
また、さいたま県川口市立高校1年生の男子生徒のケースでは、平成27年の入学直後から同じサッカー部の部員からいじめを受けるようになり、そのことで不登校となった。しかし、学校と市教委は、欠席日数が30日(*5)を超過してもなお重大事態との認定を行わず、重大事態との認定が行われ第三者委員会の第1回会合が開催されたのは平成29年2月のことであった。
この間、文部科学省は、県教委を通じて市教委に対して、幾度となく重大事態として対応するべきであるとの見解を伝え、「重大事態として対応しないのであればその理由を教えていただきたい」とまで要望していた。

このように、いじめ防止対策推進法は、施行から7年が経過しようとしているにも関わらず、未だに学校現場では法の内容が十分に理解されておらず、それゆえ適切に運用もされていないという状況にある。そのような状況の中にあって、最高裁が、いじめ防止対策推進法とそれに基づき定められた地方いじめ防止基本方針に違反することが公務員としての重大な非違行為に当たると判断したことの意義は大きい。本判決は、「いじめ防止対策推進法や兵庫県いじめ防止基本方針等に反する重大な非違行為である」としていることから、いじめ防止対策推進法及び地方いじめ防止基本方針が裁判規範として用いられたと言ってよく、筆者の知る限り、最高裁によって同法及び地方いじめ防止基本方針の裁判規範性が認められた初めてのケースである。
この意味でも注目されるべき判例であると言える。本判決が、学校現場でいじめ防止対策推進法及び地方いじめ防止基本方針が適切に運用される契機となり、一人でも多くの児童生徒がつらい思いから解放されることを願う。

*1 平成30年度における、中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は543、933件(前年度414、378件)であり、前年度に比べ約31%増加。
児童生徒1、000人当たりの認知件数は40.9件(前年度30.9件)。過去5年間の傾向として、小学校におけるいじめの認知が大幅に増加している。(H25:118、748件→H30:425、844件)。
また、全ての学校のうち、いじめを認知した学校の割合が大幅に増加している。(H25:51.8%→H30:80.8%)。
いじめの重大事態の発生件数は、602件(前年度474件)であり、前年度に比べ128件(約27%)増加し、いじめ防止対策推進法施行以降で最多となっている。(文部科学省平成30年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要より)

*2 法3条に次のとおり規定されている。
① いじめの防止等のための対策は、いじめが全ての児童等に関係する問題であることに鑑み、児童等が安心して学習その他の活動に取り組むことができるよう、学校の内外を問わずいじめが行われなくなるようにすることを旨として行われなければならない。
② いじめの防止等のための対策は、全ての児童等がいじめを行わず、及び他の児童等に対して行われるいじめを認識しながらこれを放置することがないようにするため、いじめが児童等の心身に及ぼす影響その他のいじめの問題に関する児童等の理解を深めることを旨として行われなければならない。
③ いじめの防止等のための対策は、いじめを受けた児童等の生命及び心身を保護することが特に重要であることを認識しつつ、国、地方公共団体、学校、地域住民、家庭その他の関係者の連携の下、いじめの問題を克服することを目指して行われなければならない。
*3 この事案を調査した第三者委員会は、その報告書の中で、「あまりに遅い連携であった」と非難している。

*4 この件は大津地裁で裁判となっており(大津地裁平成30年(ワ)第393号)、裁判の中で高島市は「ただいまからお昼の放送を始めます」といった定型的な文言であったから問題ないと判断したと反論している。

*5 文部科学省初等中等教育局は、法28条1項2号の「相当の期間」の目安を「年間30日」としている(平成28年3月「不登校重大事態に係る調査の指針)。

(文責:弁護士 石川賢治)

この記事を書いた人

吉原稔法律事務所