《判例のご紹介》福岡高裁令和2年7月14日判決(文科省の通知や通達に反した対応が安全配慮義務違反を構成し国賠法上違法の評価を受けるとした例)

目次
【事案】
【判決要旨】
1.【解説】
2.【解説】

【事案】  

 本件は、平成25年4月に熊本県立熊本商業高校に入学して寮生活を送るようになったAが、同級生である寮生Bらによるいじめを苦にして同年8月に自宅で自死したとして、
 Aの両親が、Aの自死は、同級生らによるいじめを受けたAに対する教職員の安全配慮義務違反が原因であるとして、熊本県に対して、損害賠償請求訴訟を提起したものである。
 1審の熊本地裁は、安全配慮義務違反と自死との因果関係が認められないとして請求を棄却した。
両親はこれを不服として福岡高裁に控訴するとともに、
 仮に上記因果関係が認められないとしても、熊本県は、安全配慮義務違反行為によってAに蒙らせた精神的苦痛に対する慰謝料を支払う義務があるとの請求を予備的に追加した。

【判決要旨】

「学校の教職員は、被害申告等により児童生徒に対するいじめの発生又はその可能性を認識した場合には、当該児童生徒に対する安全配慮義務の内容として、いじめに係る事実関係をそれが生じる背景事情を含めて確認した上、いじめを行った児童生徒に対する指導等によっていじめをやめさせるだけでなく、いじめが発生する要因を除去し、かつ、いじめの再発防止のための措置を講じるべき義務を負うと解するのが相当であり、そのような措置が講じられたといえるかどうかは、その当時におけるいじめ対応に関する知見に基づいて判断すべきものと考えられる。
 基本的方針(①)は、法(②)の施行を受けて平成25年10月11日に決定されたものではあるが、その内容は、それまでの『いじめ』への対応に関する文部科学省の通達や通知をまとめたものであり、亡AとBらとのトラブルが発生した平成25年4月以降において、本件学校の教職員の間においても、あるべき「いじめ」対応の知見として周知されていたのであるから、上記トラブルに関しても、いじめ対応として適切な措置が講じられたかどうかを判断する基準となるというべきである。
 そして、『いじめが、いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命、身体に重大な危険を生じさせるおそれがある』(法1条)ような深刻な肉体的、精神的苦痛を与えるものであることに鑑みれば、公立学校の教職員がいじめに対してその当時の知見に反した対応をした場合には、その態様や児童生徒に対する影響の程度等により、公立学校の開設者の安全配慮義務違反を構成し、国家賠償法上も違法の評価を受け得るものというべきである。」
 判決は、上のように述べた上で、舎監長らは、「いじめを発見した場合には、その当時のいじめ対応に関する知見に基づいて、適切に対応すべき職務上の義務を負っていた」と指摘し、熊本県には、「寮生間のいじめなど特定の寮生が寮生活を継続することを困難とするような深刻な事態が生じた場合には、その保護者がその寮生に寮生活を継続させるかどうかの意思決定を適切に行うことができるように、それに関する情報を的確に保護者に伝えるべき義務がある」と指摘し、熊本県にはこれらの義務違反があるとした。
 そして、これらの義務違反によって、Aは、「①いじめの被害者でありながらBらとのトラブルの背景事情について真摯に聞いてもらえなかったこと、②けんかの当事者としてBらが申告した亡Aの行為の有無を問い詰められたこと、③いじめの被害者として西田に申告したBのいじめ行為の内容をBに開示されたこと、④けんかの仲直りのためとして3人だけでの話合いをさせられ、結果としてBらから謝罪を要求され、誹謗中傷されたことによって、精神的苦痛を被った」として、「亡Aが被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、200万円が相当」と判断した。

 
1.【解説】

 本件は、文部科学大臣が平成25年10月11日に決定した「いじめの防止等のための基本的な方針」(以下、「基本的方針」と言う。)が、学校に安全配慮義務違反があったかどうかを判断する上での基準になることを明言した判決である。筆者の知る限り、少なくとも高裁レベルでこのことを明言したのは本判決が初めてである。
 基本的方針は、いじめ防止対策推進法の具体的運用を定めているものであるから、いじめ防止対策推進法自体も安全配慮義務違反の判断基準となることを認める趣旨であると思われるが、判決ではそこまでは明言されていない。本件が、いじめ防止対策推進法施行前の事案であることが影響しているものと思われる。
 いじめ防止対策推進法が安全配慮義務違反の判断基準となるかどうかという争点を扱った下級審判例としては、佐賀地裁令和元年12月20日判決があり、同判決は、「原告らは、原告q1へのいじめに関し、本件中学校において、事実を調査し、情報を提供する義務があったと主張し、その根拠として、文部科学省が平成6年以降、多くの通知等を発出し、いじめについて学校等が行うべき取組として、事実関係の究明、保護者との連携等を求めていたことを挙げる。しかし、上記の通知等は各都道府県教育委員会等に宛てて取組を求めた文書であって、学校の設置者である地方公共団体に対し、個々の生徒・保護者に対する義務を負わせるものではない。」「平成25年9月に施行されたいじめ防止対策推進法は、学校の設置者又はその設置する学校は、重大事態について、調査を行い、いじめを受けた生徒等とその保護者に対し、必要な情報を適切に提供することを定めているところ(28条)、原告らは、上記の通知等で求められてきた内容が、同法によって法的義務の具体的内容になったと主張する。しかし、同法は、いじめの防止等のための対策に関し、基本理念を定め、国及び地方公共団体等の責務を明らかにし、基本的な方針の策定について定めるとともに、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的とするものである(1条)。この目的からすれば、同法が、いじめの防止等に関して地方公共団体等が負う安全配慮義務の内容を定めるものであるとは認められないし、事実調査・情報提供に関する上記の28条も、公法上の義務を規定したものと理解すべきであって、地方公共団体と生徒・保護者との間で具体的な権利義務を形成するなどの法的効果を生ずるものとは解されない。」と判示していた。
 これに対して、本判決は、上に引用したように、「基本的方針は、法の施行を受けて平成25年10月11日に決定されたものではあるが、その内容は、それまでの『いじめ』への対応に関する文部科学省の通達や通知をまとめたものであり、亡AとBらとのトラブルが発生した平成25年4月以降において、本件学校の教職員の間においても、あるべき「いじめ」対応の知見として周知されていたのであるから、上記トラブルに関しても、いじめ対応として適切な措置が講じられたかどうかを判断する基準となるというべきである。」と判示しており、文部科学省の発出した各種通知等が、「学校の設置者である地方公共団体に対し、個々の生徒・保護者に対する義務を負わせるものではない」とした佐賀地裁の判断を明確に否定したものである。
 また、上記佐賀地裁は、いじめ防止対策推進法自体も、「公法上の義務を規定したものと理解すべきであって、地方公共団体と生徒・保護者との間で具体的な権利義務を形成するなどの法的効果を生ずるものとは解されない」と判断したが、上述したように、基本的方針は、いじめ防止対策推進法の具体的運用を定めているものであるから、本判決は、いじめ防止対策推進法自体も安全配慮義務違反の判断基準となることを認める趣旨であると解され、この点も重要である。


2.【解説】

 本判決の注目すべき点として、いじめの認定手法についても触れておきたい。本判決の事案発生当時、いじめは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じるもの」と定義されていた。現在は、「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人間関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と定義されている(いじめ防止対策推進法2条)。
 ここでひとつ問題となるのは、被害児童生徒の知らないところで行われているいじめをどうするかという問題である。例えば、陰口は文字通り陰で悪口を言うことであるから、被害児童生徒が知らないところで行われるいじめである。また、最近であれば、被害児童生徒だけを除外したインターネット上のグループを作成し、そこで罵詈雑言が飛び交うということも想定される。いじめはその性質上、陰湿かつ巧妙に行われるものであるがゆえに、いじめの定義をかいくぐるような事案が発生する可能性は常にある。
 では、このようないじめは、「精神的な苦痛を感じるもの」「心身の苦痛を感じているもの」という要件を満たさないからいじめではないということになるのであろうか。確かに、要件を形式的にあてはめるとこのような解釈も成り立ちそうである。現に、筆者が代理人として関与している訴訟(さいたま地裁平成30年(ワ)第1465号)では、被告川口市は、被害生徒がインターネット上の掲示板で誹謗中傷されたことについて(③)、「ネット上の書き込みを知らない様子の原告には法2条の定義には該当しない」と、正しくそのような主張を展開している。また、いじめ防止対策推進法を解説する書籍の一部も、この川口市の主張と軌を一にする(④)。
 本判決の事案では、Aの出身中学校の卒業アルバムに「亡A ♡ ばーか。Bより」との落書きがなされ、この落書きの存在をAが気付いていたのかどうか不明であった。この落書きについて、本判決は、「亡Aが当時まだ認識していなかった可能性もあるが、仮に認識したとすれば精神的苦痛を感じるであろうと推測できるものである」と判示して、本件事案当時のいじめの定義に該当するとの判断を示した。この判断は、問題の所在を同じくする、いじめ防止対策推進法上のいじめの定義にもそのまま当てはまるものである。
 この点に関連して、元大阪高等裁判所裁判長であった永井ユタカ氏が委員長を務めた「高島市新旭南小学校第三者委員会」は、平成29年11月14日にとりまとめた答申書の中で、「いじめの定義に記載されている心身の苦痛があったことをより明確に理解するために、項目Ⅰ―被害児童が周囲の生徒から疎外されたり弱い立場に立たされるような人間関係があったかどうか、項目Ⅱ―加害児童の言葉や態度が一般的に相手を非難したり嫌な思いをさせるようなものであったかどうか、項目Ⅲ―加害児童の言葉や態度がそばにいた被害児童にとって自分のこととして受け止めることが可能な状況があったかどうかも含めて考える。」という認定手法を用いた。このうちの「項目Ⅲ」は、「加害児童の言葉や行為が直接被害児童に向けたことがはっきりしない場合でも、その場の状況から被害児童が自分のことだと理解するのが自然だと考えられる場合には、これを重視する。」というものである。インターネット上のいじめとは異なる場面を問題とするものではあるが、「もし被害者が知れば精神的苦痛を感じるかどうか」を判断基準とする本判決の考え方と通底するものがあるように思われる。
 いじめ防止対策推進法は、いじめを早期に発見して対処につなげることを目的とする法律である。いじめの定義を従来よりも相当拡大したのも、重大事態に発展する芽をできるだけ早く摘もうとするものである。そうであれば、既にいじめが始まっているのに、まだ被害者がそのことに気付いていないからいじめに当たらないというような解釈が法の目的に反していることは誰の目にも明らかであろう。このような解釈上の疑義が生じることは、定義の欠陥というべきであって早期に立法的に解決するべきであるが、法の趣旨や目的に照らした正しい解釈が高裁レベルで示されたことの意義は大きいと言える。

① 文部科学大臣が平成25年10月11日に決定した「いじめの防止等のための基本的な方針」のこと。いじめ防止対策推進法の具体的運用を定めている。
② いじめ防止対策推進法のこと。
③ この件について、東京地裁平成30年12月10日判決は、「プライバシーを明白に侵害するもの」に該当するとして、プロバイダに対して発信者情報の開示を命じている。
④ 「どう使うどう活かすいじめ防止対策推進法」(第二東京弁護士会子どもの権利に関する委員会、現代人文社、2015年、16頁)。「補訂版いじめ防止対策推進法全条文と解説」(坂田仰編、学事出版、2018年、6頁)。

(文責:弁護士 石川賢治)

この記事を書いた人

吉原稔法律事務所