重大事態調査の開始時期
1.【解説】
いじめ防止対策推進法が施行されて、全国で同法28条に基づく「いじめ重大事態の調査」が行われてきた。しかし、当事務所には、「第三者委員会が全く話を聞いてくれなかった」「自分たちの知らない間に調査が始まっていた」といった相談が寄せられてきた。そこで、本稿では、皆さんのお子様がいじめ重大事態の被害者となり、いじめ防止対策推進法28条に基づき、いわゆる第三者委員会による調査が実施されることになった場合、まずはどのようなことに注意すればいいのかという点について述べる。
2.【解説】
「いじめ重大事態の調査に関するガイドライン」(平成29年3月、文部科学省)の7頁には、「調査実施前に、被害児童生徒・保護者に対して以下の①~⑥の事項について説明すること。」と書かれている。
「①~⑥の事項」とは、①調査の目的・目標、②調査主体、③調査時期・期間、④調査事項・調査対象、⑤調査方法、⑥調査結果の提供である。これが要求される趣旨は、「被害児童生徒・保護者に寄り添いながら対応することを第一とし、信頼関係を構築すること」という点にある。言うまでもなく、法28条の調査は、いじめ防止対策推進法に基づくものである以上、「本法の運用にあたっては、いじめの被害者に寄り添った対策が講ぜられるよう留意するとともに、いじめ防止等について児童等の主体的かつ積極的な参加が確保できるよう留意すること。」との参議院付帯決議を踏まえた運用が求められるところ、「①~⑥の事項」の事前説明も、被害を訴える児童生徒やその保護者に寄り添った対応をするために必要であるからこそ要求されるのである。
すなわち、いじめ被害はその性質上表面化しづらく非可視的であることが通常であり、それゆえ、真実に接近するためには、被害を訴える児童生徒及びその保護者の声に耳を傾けることが最も重要である。そこで、被害児童生徒及びその保護者の声を漏らさず聞き取るためには、信頼関係の構築が極めて肝要となる。上記ガイドラインが「①~⑥の事項」の事前説明を要求するのは、被害児童生徒及びその保護者の声に耳を傾けた調査を実施するためには、調査開始前に、調査の重要事項についての共通認識を持つことが重要であると考えられたからに他ならない。
3.【解説】
①~⑥の事項
以下では、①~⑥の事項についてガイドラインがどのように述べているのかを紹介しつつ、当事務所の経験からの注意点を併記しておく。
(1) ①調査の目的・目標
第三者委員会の調査の目的・目標について、ガイドラインでは、「事案の全容解明、当該事態への対処や、同種の事態の発生防止を図るもの」とされている。例えば、前学年におけるいじめを調査することが事案の全容解明にとって必要であるにも関わらず、不登校に直結した現学年でのいじめだけしか調査しないというケースもあるので注意が必要である。調査の目的・目標は、後述の「④調査事項・調査対象」と密接に関係する。どうしても抽象的にならざるを得ない部分もあるが、後になって第三者委員会が、「その点は調査目的に含まれていませんから調査は実施しません。」などと言い始めてトラブルになることもあり得るので、調査の目的・目標をきちんと定めておくことは重要である。
(2) ②調査主体(組織の構成、人選)
ガイドラインでは、「調査組織の構成について説明すること。調査組織の人選については、職能団体からの推薦を受けて選出したものであることなど、公平性・中立性が担保されていることを説明すること。必要に応じて、職能団体からも、専門性と公平・中立性が担保された人物であることの推薦理由を提出してもらうこと。」とされている。例えば、たいていの第三者委員会には弁護士が入っているが、弁護士だからといっていじめ問題についての専門性を持っているとは限らない。専門性をどのように確認したのか、その根拠を問い質すことが必要な場合もあろう。
また、第三者委員会が設置される自治体の代理人になったことはないが、別の自治体でいじめ訴訟の自治体側代理人をやっているというケースもある。例えば、A市では第三者委員会の委員を務めているが、別のB市ではいじめ訴訟のB市側代理人をやっているというケースである。このようなケースでは、B市の代理人としての立場が、A市の第三者委員としての判断に影響を与える可能性がある。
専門性と公平・中立性が担保された人物であるかどうかは、調査結果にも影響を及ぼす重要ポイントなので出来る限りのチェックをしておくことが必要である。そして、専門性と公平・中立性について疑義がある場合には、そのことをしっかりと伝えていく必要がある。この点については、ガイドラインにも、「説明を行う中で、被害児童生徒・保護者から構成員の職種や職能団体について要 望があり、構成員の中立性・公平性・専門性の確保の観点から、必要と認められる場合は、学校の設置者及び学校は調整を行う。」と記載されている。
(3) ③調査時期・期間(スケジュール、定期報告)
ガイドラインでは、「被害児童生徒・保護者に対して、調査を開始する時期や調査結果が出るまでにどのくらいの期間が必要となるのかについて、目途を示すこと。」とされている。調査に要する期間は、調査の内容と関係がある。どの関係者からいつ聴き取りを行うのかといった大まかなスケジュールを確認しておくことが必要である。重要な関係者からの聴き取りをスケジュールから漏らしているというケースもあり得るからである。
また、ガイドラインでは、「調査の進捗状況について、定期的に及び適時のタイミングで経過報告を行うことについて、予め被害児童生徒・保護者に対して説明すること。」とされている。調査がきちんと実施されているのかどうかをチェックすることは重要である。予定されていた関係者からの聴き取りが実施できないことが判明した場合には、それに代わる調査を被害者サイドから提案していくといったこともあり得るからである。
(4) ④調査事項(いじめの事実関係、学校の設置者及び学校の対応等)・調査対象(聴き取り等をする児童生徒・教職員の範囲)
ガイドラインでは、「どのような事項(いじめの事実関係、学校の設置者及び学校の対応等)を、どのような対象(聴き取り等をする児童生徒・教職員の範囲)に調査するのかについて説明すること。」とされている。そして第三者委員会が予定している調査について被害者サイドからの要望があるときは、その要望を第三者委員会に伝えることができる。ガイドラインにも、「被害児童生徒・保護者が調査を求める事項等を詳しく聞き取ること。」と定められている。
例えば、「学校に●●といういじめ被害を訴えていたのに、第三者委員会では全く取り上げてもらえなかった」という相談を聞くことは多い。第三者委員会に調査してほしい事実関係は、調査事項から漏れてしまわないように、書面できちんと伝えておくべきである。
また、被害者サイドの皆さんとしては、まずは被害児童生徒の聴き取りをしてほしいと希望されると思うが、被害児童生徒の聴き取りを第三者委員会が実施しないまま調査が進められた実例も存在する。他にも、被害者サイドから録音テープ等の証拠を第三者委員会に提出しようとしてもすんなりと提出させてもらえないという実例も存在する。
ガイドラインには、「調査事項等に漏れがあった場合、地方公共団体の長等による再調査を実施しなければならない場合があることに留意する必要がある。」と書かれてはいるものの、何を調査事項とするべきかということが法律等に明確に定まっているわけではない。それだけに、調査開始に先立って、きちんと調査事項と調査対象を明確にしておくことが必要である。
(5) ⑤調査方法(アンケート調査の様式、聴き取りの方法、手順)
ガイドラインでは、「重大事態の調査において使用するアンケート調査の様式、聴き取りの方法、手順を、被害児童生徒・保護者に対して説明すること。説明した際、被害児童生徒・保護者から調査方法について要望があった場合は、可能な限り、調査の方法に反映すること。」とされている。当事務所に相談のあった例として、アンケートの質問文の中でプライバシーが侵害されたというものもあったので注意が必要である。また、ガイドラインでは、「アンケートについては、学校の設置者又は学校によるいじめの重大事態の調査のために行うものであること(調査の目的)、及び結果を被害児童生徒・保護者に提供する場合があることを、予め、調査対象者である他の児童生徒及びその保護者に説明した上で実施すること。」とされているが、特に後半部分が履践されていないケースが散見されるので、被害者サイドから注意喚起しておくことが必要である。
(6) ⑥調査結果の提供(被害者側、加害者側に対する提供等)
ガイドラインには次のようなことが書かれている。
・ 調査結果(調査の過程において把握した情報を含む。以下同じ。)の提供について、被害児童生徒・保護者に対して、どのような内容を提供するのか、予め説明を行うこと。
・ 被害児童生徒・保護者に対し、予め、個別の情報の提供については、各地方公共団体の個人情報保護条例等に従って行うことを説明しておくこと。
・ 被害児童生徒・保護者に対して、アンケート調査等の結果、調査票の原本の扱いについて、予め、情報提供の方法を説明すること。アンケートで得られた情報の提供は、個人名や筆跡等の個人が識別できる情報を保護する(例えば、個人名は伏せ、筆跡はタイピングし直すなど)等の配慮の上で行う方法を採ること、又は一定の条件の下で調査票の原本を情報提供する方法を採ることを、予め説明すること。
・ 調査票を含む調査に係る文書の保存について、学校の設置者等の文書管理規則 に基づき行うことを触れながら、文書の保存期間を説明すること。
・ 加害者に対する調査結果の説明の方法について、可能な限り、予め、被害児童生徒・保護者の同意を得ておくこと。
調査報告書が完成に近づいた時期に、調査結果の概要についての説明が行われることが多いが、その場で大部の報告書を渡されてもすぐに目を通して意見を述べることは難しい。少なくとも2週間前には事前送付してもらうように申入れをするべきである。また、例えば、調査結果だけが羅列されていて理由が全く触れられていない報告書には説得力がない。報告書に不足があれば、きちんと意見を述べる必要がある。
4.【解説】
以上に述べたほかにも、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(平成29年3月、文部科学省)には、重大事態調査を受ける上で知っておくべきことがたくさん書かれている。是非、その全てに目を通すようにしておきたいところである。
(文責:石川賢治)