1.【事案の概要】
被害児童は、小学校5年生であった、平成24年10月頃から同年11月までの間、同級生であった加害児童から、①被害児童の仕業であると一方的に決めつけられ手拳で殴りかかられるという暴力を受けたほか、②加害児童に通せんぼされたことに反抗的な態度を示したところ、左耳を手拳で殴られ傷害を負わされ、③後ろの席の加害児童から消しゴム、鉛筆、筆箱を投げつけられるという嫌がらせをされ、④「被害児童がむかつく」と言い方をされて繰り返し叩かれるといったいじめを受けた。被害児童は、5年生に進級した頃に担任に対して、加害児童から暴力的振る舞いを受けること等を訴えたが、担任は「いちいち言いに来なくていい」と被害児童を突き放した。
こうしたいじめと学校の不適切対応によって、被害児童は、平成24年11月頃から心身の不調が生じ、同月13日頃からは頭痛、胃痛を訴えるようになり、平成25年1月7日頃からは頭痛や腹痛を訴えて遅刻や欠席をするようになり、同月16日以降は不登校となった。その後も被害児童は、同月24日頃からは不眠、頭痛、吐き気、イライラなどを訴え、適応障害、片頭痛、不安神経症などの診断を受け、本件の口頭弁論終結時点まで、状態に波はあるものの、頭痛、イライラ、睡眠障害、フラッシュバック等の精神症状を呈している。
一審の千葉地裁は学校の責任は認めず、加害児童のいじめによる精神苦痛のみを認め、慰謝料30万円及び弁護士費用3万円の支払いを命じた。これに対して、二審の東京高裁は、学校と加害児童の共同不法行為により上記の精神症状を発症して不登校になったと認め、慰謝料を200万円に増額したほか、医療費、逸失利益も損害として認め、388万円余の支払いを命じた。
2.【解説】
(1) 教員の果たすべき義務
東京高裁も千葉地裁も、「教員は、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から児童を保護する義務を負う」とする点、加害児童は従前から、自分を否定されたり、自分の思い通りにならない場面で他の児童に暴力を振るう等することがあったことからすると、「加害児童が、他の児童に対し暴力を振るわないようにするために必要な措置をとる義務を負っていた」とする点では判断を一にしている。
東京高裁と千葉地裁の判断の差を生んだのは、教員の対応に対する評価である。 まず千葉地裁は、教員が、加害児童に対して根気強く指導したり、加害児童に謝罪を促したり、席替えのくじ引きに細工をして被害児童の座席を教卓の前に移動させることで加害児童と離れた席に座らせようとした(もっとも、結果的には加害児童は被害児童の後ろに座ることになり上記③のいじめが発生した。)という点を指摘して、学校の責任を否定した。
これに対して東京高裁は、担任が被害を訴える被害児童に対して「いちいち言いに来なくていい」と突き放したり、加害児童に謝罪を促したにとどまり、きちんと謝罪させなかったり、加害児童と被害児童を2人きりで話し合わせたりしたといった点について、「心から謝罪するには至らなかったのであるから、このようなやりかたは無意味であるにとどまらず、被害児童の加害児童及び担任に対する不信感を増幅させるという点で不適切な措置であった」と評価した。
その上で、担任が、暴力等をやめるように繰り返し言い聞かせるという以上のことはせず、指導が奏功せず暴力等が継続しているのに、より強い指導をしなかったことから、従前は加害児童を非難していた他のクラスメイトも加害児童の被害児童に対する暴力を静観するようになり、被害児童が孤立を感じるようになっていったとの点を指摘して、いじめ防止対策推進法23条を参照しつつ、担任らは、ある程度の裁量の余地があるとしても、加害児童に対して「さらに強く指導する」、加害児童の保護者に対して「家庭での指導を促す」、加害児童と被害児童とが「接触しないようにする」、被害児童の訴えを真摯に聴いて「精神的に支える」、他の児童に対して「(被害児童を)支援するように仕向ける」などの措置をとるべきであったがこれらの義務を怠ったといわざるを得ないと判断した。
このように、千葉地裁と東京高裁とでは、担任の対応に対する評価に大きな違いがある。その違いを端的に言えば、指導や対応の実を求めるか否かの違いであると言える。千葉地裁は、加害児童に対して謝罪を促せばそれでよしとし、加害児童と被害児童の席を離そうとすれば実際には前後の席になったとしても構わないとした。千葉地裁はこの点について、「(教員のとるべき義務は)加害児童が原告に対し暴力を振るわないようにするという目的に関連する結果を伴わなければそれを履行していないこととなるものでなく、担任の上記措置(席替えのくじ引きに細工をしたこと:筆者注)は、上記の目的との関連性を有し、上記の目的を達成するための当初の対応として合理性を欠くものでなかったから、担任らが…義務を怠ったということはできない。」と述べている。
しかし、そもそも、教員が「学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から児童を保護する義務を負う」のは、子どもの学習権(憲法23条)を保障するためである。子供が安心安全な環境下で学習することができる権利に対応する義務として、教員には児童を危険から保護する義務がある。子どもの学習権の充足が目的であり、そのための手段として教員の義務があると言い換えることもできよう。そうであれば、子どもが安心安全な環境下で学習するという目的の達成を度外視して、そのための努力さえしていればそれで事足りるという解釈の合理性は相当に疑わしいと言わざるを得ない。
これに対して東京高裁は、加害者に対して謝罪を促すだけではなく心から謝罪させることを重視し、繰り返し言い聞かせるだけではなく指導が功を奏しているかどうかを問題としている。また、東京高裁の判決文の中には、担任が、加害児童の暴力等について特別支援部会において報告し他の教員から指導を受けていたと述べる点について、「具体的にどのような指導を受けていたのかは明確でなく…有意義な検討が行われていたとは認め難い」とのくだりもある。いじめを解消するために具体的に何を行ったのかという点にこだわる東京高裁の姿勢は、子どもの学習権を保障することを目的としているという、教員の義務の本質に沿った正当な解釈姿勢であると評価することができる。
(2) いじめ防止対策推進法23条の適用
今回の東京高裁判決については、いじめ防止対策推進法を具体的事件において参照しているというについても特筆しておかなければならない。教員が児童生徒を保護する義務は、従前は「在学関係に付随する信義則上の義務」といった理解がされてきた。例えば、富山地裁平成13年9月5日判決は、「公立中学校の設置者は、就学校指定によって生徒が在籍することにより、未成年者である生徒及びその親権者に対し、教育目的に必要な施設や設備を提供するとともに、教師に所定の課程の教育を行わせる義務を負うこととなる。そして、このような法的関係(公立中学校における在学関係)に付随して、信義則に基づき、同校の設置者は、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における生徒の安全に配慮すべき義務があり、特に他の生徒の行為により、生徒の生命、身体、精神等に重大な影響を及ぼすおそれが現に存在するような場合には、そのような悪影響ないし危害の発生を未然に防止するため、事態に応じた適切な措置を講じる義務がある」と述べる。
しかし、平成25年9月28日から施行されているいじめ防止対策推進法は、その23条1項において、「学校の教職員(中略)は、児童等からいじめに係る相談を受けた場合において、いじめの事実があると思われるときは、(中略)適切な措置をとるものとする」と規定し、同条2項以下において、事実確認義務(2項)、いじめをやめさせる義務、いじめの再発を防止する義務、被害児童及びその保護者に対する支援義務、加害児童に対する指導義務、加害児童の保護者に対する助言義務(以上3項)、被害児童が安心して教育を受けられるようにする義務(4項)、被害児童及び加害児童の保護者といじめに関する情報を共有する義務(5項)を定める。これらは、従前、「在学関係に付随する信義則上の義務」とされていた義務に明文の根拠を与えるものである。言い換えれば、従前「信義則上の義務」とされていたものを「明文上の義務」とするものであり、我が国いじめ法制度上の大きなパラダイムシフトをもたらすものである。
ところが、残念ながら我が国の一審裁判所の多くは、同条にほとんど意を払うことをしてこなかった。千葉地裁もその例に漏れず、判決書には関係法令の定めが別紙として添付されているが、そこにはいじめ防止対策推進法2条、25条、26条が記載されている一方で、23条は挙げられていない。これに対して東京高裁は、別紙に同法23条を書き加えた上で、同条を参照しつつ、担任らは、ある程度の裁量の余地があるとしても、加害児童に対して「さらに強く指導する」、加害児童の保護者に対して「家庭での指導を促す」、加害児童と被害児童とが「接触しないようにする」、被害児童の訴えを真摯に聴いて「精神的に支える」、他の児童に対して「(被害児童を)支援するように仕向ける」などの措置をとるべきであったがこれらの義務を怠ったといわざるを得ないと判断した。
教員が履行するべき具体的な義務をいじめ防止対策推進法23条を参照することによって導いたものと言うことができるが、筆者の知る限り、同条を参照することで具体的な義務を導き、その義務違反を認定したのは本東京高裁判決が最初であり、その意味で画期的なリーディングケースであると位置付けることができる。本件はいじめ防止対策推進法施行以前の事案であることから参照にとどまったものと思われるが、今後は、同法施行以後の事案における判例の蓄積が進むものと期待される。
※本文中の判決引用部分において固有名詞を「加害児童」「被害児童」等の一般名詞に置き換えている点がある。
(文責:弁護士 石川賢治)