いじめを調査するためのアンケート等の開示をめぐる裁判所の判断について

はじめに

いじめ事案が発生した場合、学校は児童生徒に対するアンケート調査を実施する。アンケート調査の実施後は、回答書の記載内容を整理した文書が作成されることが多い。重大事態調査が行われる場合は、回答書や回答書の記載内容を整理した文書が、第三者委員会が作成する報告書の基礎となる。

いじめ被害者は、いじめの真相を知りたいと願うのが通常であり、いじめを最も身近で見聞きしていた児童生徒による回答書の内容に強い関心を寄せることになる。具体的には、行政文書開示請求や文書提出命令といった制度を利用することになる。

本稿では、行政文書開示請求における不開示処分が争われた、鹿児島地裁平成27年12月15日判決及び福島地裁令和2年12月1日判決、並びに、文書提出命令の可否が争われた、福岡高裁令和4年11月29日決定から、裁判所の判断の傾向を掴もうとした。少し特殊な事案であるが、大津いじめ事件の一環として出された、大津地裁平成26年1月14日判決も参照した。

裁判例の傾向

まず、開示の対象となる文書については、回答書の開示が認められるかどうかが問題となる。鹿児島地裁判決は筆跡から回答者が特定されることを理由に認められなかったが、福岡高裁決定の原審である熊本地裁決定では認められた。福岡高裁決定は既に証拠提出されていることを理由に必要性を否定したが、開示の対象となること自体は否定していないように読める。この違いが、行政文書開示請求と文書提出命令という、制度の差異から生じるものであるかどうかははっきりしない。

次に開示の範囲であるが、大津地裁判決と熊本地裁決定は、個人名についてのみ非開示とすることを認めた。ただし、大津地裁判決が個人名以外の非開示を認めない趣旨であるかどうかははっきりしない。これは大津地裁判決が、慰謝料請求訴訟であり、しかも被告大津市が法的責任を認めていたために慰謝料額だけが争点とされた特殊な事案であったことによると考えられる。一方で、鹿児島地裁判決、福島地裁判決、福岡高裁決定は、個人名のみならず個人の特定につながり得る情報の非開示を広く認めている。鹿児島地裁判決と福島地裁判決は具体的な項目もほぼ同一であり、後行の福島地裁判決が先行の鹿児島地裁判決を参照した可能性を窺わせる。

いじめ防止対策推進法からみた裁判例の傾向

なお、いじめ防止対策推進法28条2項は、学校の設置者又は学校が同条1項の規定による調査(いわゆる重大事態調査)を行ったときは、被害児童生徒やその保護者に対して、調査の結果明らかとなった事実関係その他の必要な情報を適切に提供するべき旨を規定している。被害者の真相を知りたいという痛切な願いが立法の背景にある以上、ここに「適切に」とは「できるだけ多く」の意味に解されるべきであり、個人名のマスキング等は同項に照らして許されないと解される(永田憲史「いじめの重大事態の調査に係る被害児童生徒及び保護者に対する情報提供と個人情報保護条例についての考察」ノモス47号(2020)65-90頁も同旨)。福島地裁判決と鹿児島地裁判決では、原告が同趣旨の論陣を張ったが、いずれも裁判所の容れるところとはならなかった。しかし、いじめ防止対策推進法は、28条2項以外にも、23条5項において、いじめに係る情報を保護者と共有する義務を規定しており、23条3項も当事者に対する支援、指導・助言の前提として情報提供義務を認めたものと解されているところであり(「いじめ防止対策推進法」現代人文社(2015)82-83頁)、裁判所の傾向は、いじめ防止対策推進法の趣旨を十分に踏まえたものとは言えないとの指摘もあり得るところである。

大津地裁平成26年1月14日判決

【事案】

原告が、大津市に対して、自死した長男を開示請求者として、同人に対するいじめの存否に関する記載のある文書の開示請求を行ったところ、一部を不開示とする旨の処分がなされ(本件処分)、一部の資料についてはその存在すら明らかにされなかったため、国家賠償法に基づいて慰謝料の請求を行った事案。

【裁判の内容】

大津市は、本件処分と一部の資料の存在を明らかにしなかったことによって国家賠償法の責任を負うことを争わなかった。そこで、本件の争点は、慰謝料額だけということになったが、その中で裁判所は次のような判断を示した。

裁判所は、本件で問題となっている文書(アンケート調査の結果をエクセル表の形式にまとめたもの)には、いじめ加害者とされる者の個人名も記載されているところ、何らの限定なく開示した場合には、「開示請求者以外の個人の権利利益が侵害されるおそれがあり(大津市個人情報保護条例18号2号)、また、本件中学校において今後のアンケート調査が困難になるおそれがあるから『調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ』がある(同18号7号ウ)と判断したこと自体は、不当であったとは言えない。」と判断した。その上で、「しかし、大津市個人情報保護条例は、情報公開請求に対しては原則として開示処分を行うことを旨としているのであるから(18条柱書)、上記のおそれ等があるといえない部分についてまで不開示とすることが許されるものではない」と述べ、「行為をした者の個人名及び自死した長男以外の者の個人名を除く部分については」上記のおそれがあったとは認められないとし、ほとんどの記載内容について不開示とする旨の本件処分を行ったことは、条例18条の適用を誤ったものであり、違法といわざるを得ないと述べた。

鹿児島地裁平成27年12月15日判決

【事案】

原告が、出水市の実施したアンケート調査の回答用紙及び結果をまとめた文書の開示請求をしたところ、全部不開示とする決定がされたため、その取消等を求めた事案。

なお原告は、訴状において、固有名詞をマスキング処理した状態での開示を求めていた。

【裁判の内容】

被告は、原告の求める情報が、出水市情報公開条例(以下「本件条例」)の7条1号前段(個人を識別できる情報)、同号後段(個人の権利利益を害するおそれのある情報)、同条3号(個人の生命等の保護、公共の安全と秩序の維持に支障を生ずるおそれがある情報)、同条5号(被告内部の率直な意見交換等に不利益等を及ぼすおそれがある情報)、同条6号ウ(調査研究事務の公正かつ能率的遂行を不当に阻害するおそれがある情報)に該当するとして争った。

裁判所は、アンケート調査の回答用紙については、筆跡から回答者が特定されることを理由に開示を認めなかったが、結果をまとめた文書については、「固有名詞のほか、性別、学年、学級、委員会名、部活動名、学級・委員会・部活動における役職(例えば、委員長、部長)・担当(例えば、係、ポジション、パート)、委員会・部活動で用いる器具・道具が記載されている部分」及び「○あなた自身について何か伝えたいことや相談したいことがありますか」という質問に対する回答以外の情報について開示を命じた。

なお原告は、いじめ防止対策推進法28条2項の趣旨からすれば、固有名詞のみを除いた状態で情報開示されるべき旨を主張したが、裁判所は、「本件条例に基づく開示は、被害児童等及びその保護者に限らず、広く一般に対し情報を公開する制度であるから、推進法28条2項の趣旨が直ちに本件条例の解釈に影響を及ぼすものとは解されない上、同項は、被害児童及びその保護者に対する適切な情報提供を要請するものにすぎず、固有名詞を除いたアンケートそのものを開示すべき義務を負わせたものとは解し得ない」と判示した。

福島地裁令和2年12月1日判決

【事案】

原告が、被告会津坂下町の実施した「いじめに関するアンケート」の回答結果をまとめた文書等の開示請求をしたところ不開示決定がなされたので、その取消等を求めた事案。

【裁判の内容】

被告は、原告の求める情報が、会津坂下町情報公開条例(以下「本件条例」)の6条2号(個人に関する情報の不開示)及び6条7号(町の機関が行う事務事業に関する情報の不開示)に該当するとして争った。

これに対して裁判所は、「固有名詞、日付(年月日)、性別、学年、学級、委員会名、学級・委員会・部活動における役職(例えば、委員長、部長)・担当(例えば、係、ポジション、パート)、委員会・部活動で用いる器具・道具が記載されている部分」以外の情報について開示を命じた。

なお、原告は、本件条例6条は、いじめ防止対策推進法28条2項に反する部分は無効であるか、少なくとも同条項に反しないように限定解釈されるべきと主張したが、裁判所は、同条項を理由に本件6条の適用を否定することはできないと判断した。

福岡高裁令和4年11月29日決定(文書提出命令申立事件)

【事案】

本件は、高校在学中に自殺した女生徒の母と兄が、女生徒の自殺は他の生徒らによるいじめが原因であると主張して、他の生徒らや熊本県を相手取って損害賠償請求訴訟を提起し、その中で、いじめ行為の具体的内容等を証明すべき事実として、学校が行ったアンケート調査の回答書や調査委員会が作成した調査報告書の提出を命ずることを求めた事案である。

【裁判の内容】

原審である熊本地裁は、回答書については回答者の氏名以外の部分の提出を命じ、調査報告書については証言者の氏名以外の部分の提出を命じた(熊本地裁令和4年5月31日決定)。

これに対して熊本県が即時抗告を行ったところ、福岡高裁は、回答書のうち、回答者の氏名、学科、クラス、個人を特定し得る形で記載された情報、特定の学校名については、提出することにより今後同様の調査を行う場合に支障が生じる具体的なおそれがあるとした上で、これら以外の部分については既に書証として提出されているので提出を命ずる必要性がないとした。他方、調査報告書については、証言内容とその証言をした生徒の氏名が記載された部分については提出することにより今後同様の調査を行う場合に支障が生じる具体的なおそれがあるとする一方で、証言内容の中で証言者以外の生徒の氏名や具体的なエピソードが記載されている部分については、調査委員会がアンケートの回答書の記載や聴き取り調査の結果を取捨選択して女生徒の自死に関連し得るものを整理したものであることを指摘し、証言者を特定した部分にマスキングを施せば公務の遂行に支障が生ずるおそれは生じないと判断して、当該部分以外の部分について提出を命じた。

(文責:弁護士 石川賢治)

この記事を書いた人

吉原稔法律事務所