《判例のご紹介》福岡高裁令和3年9月30日(いじめ自死事案において調査義務の違反等を理由に請求が認容された事例、高校であることを理由として注意義務が軽減されないとされた事例)

第1.事案の概要

本件は、福岡県内の私立高校の3年生であった被害生徒が、本高校入学後、特に2年生時から自死に至るまで、加害生徒らから、他の生徒の前で殴られたり蹴られたりする暴力や、セロハンテープで何重にも巻かれて椅子に縛り付けられたり、ゲームと称して失神させられたりする暴力等多様な嫌がらせを一方的かつ継続的に受けた果ての平成25年11月14日に自死したことについて、遺族らが、自死は当該高校の生徒らのいじめによるものであるところ、学校がいじめの事実を把握して、これを阻止し、自死を防止する義務を怠ったなどと主張して、債務不履行又は不法行為に基づき、損害の賠償を求める事案である。

第2.福岡地裁令和3年1月22日判決の要旨

私立高校を設置する法人には、在学契約に基づく付随義務として、信義則上、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護し、安全の確保に配慮すべき義務がある。特に、生徒の生命、身体、精神、財産等に大きな悪影響ないし危害が及ぶおそれがある場合、悪影響ないし危害の現実化を未然に防止するため、事態に応じた適切な措置を講じるべき一般的な安全配慮義務がある。 被告には、いじめの兆候を発見し、又はいじめの存在を予見し得た時には、教員同士や保護者と連携しながら、関係生徒への事情聴取、観察等を行って事案の全体像を把握した上、いじめの増長を予防すべく、被害生徒に対する心理的なケアや加害生徒らに対する指導等を行う義務がある。
被害生徒は平成24年6月28日に自殺未遂を試みており、担任教諭はその際に生じた首の痣を現認し、これが自死を試みて生じた可能性があると考えていた。自死未遂は希死念慮の顕著な発露であるから、担任教諭としては、校長や教頭に報告し、組織として背景事情等に関する情報を教員と保護者との間で共有して、被害生徒に対するいじめやトラブルの有無等について調査する義務があった。しかし、担任教諭は副担任に報告して注意深く見守っただけであり、長期間にわたる継続的な観察や情報共有を行わなかった。他の生徒から事情を聴くこともなく、保護者に再度事情を聴くこともなかった。
担任教諭には、いじめの兆候を発見したにもかかわらず、なすべき情報共有や調査等を適切に行わなかったという点において、安全配慮義務違反が認められる。
被告は、高校教育においては生徒の自主性が尊重され人格的にもある程度成熟した者が対象となること、現実的にも担任が生徒に対して十分な時間を割くことが困難であることを理由に、注意義務は軽減されるべきと主張する。しかし、いじめ被害の重大性は高校教育においても変わることはなく、むしろ心身の発達に伴って手口が巧妙化したり、被害がより重大になることも十分考えられる。いじめ発見の端緒を掴んだときには、より一層機を逃さず適切に対応するべき義務があるというべきである。

第3.福岡高裁令和3年9月30日判決の要旨

福岡高裁も、福岡地裁と同様に、「保護者や他の教員との連携を図りながら、情報を収集して、これを教員間で共有し、適正に事実関係を把握した上、いじめの被害者に対する心理的なケアを行ったり、加害者に対する指導等を行ったりするなど、生徒の自死を未然に防止する措置を執る義務を負う」と判断した。 もっとも、福岡高裁は、義務の根拠として、次の3点を追加した。

  1. 被告では、平成22年にも生徒が首をロープで吊り、自殺を図った事故が発生し、その際に再発防止委員会が設置された。同委員会は、文部科学省が平成21年に公表した「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」に基づき「自殺防止のための校内体制」を策定し、これを教員らに周知していた。
  2. 被告では、教職員がいじめに係る具体的な情報の提供を受けた場合、生徒育成部長に報告し、生徒育成部長は情報を精査した上、関係者に対する事実聴取を実施し、その結果を集約した上、再発防止委員会に報告する手順が定められていた。
  3. 被告は、平成24年4月、いじめが発見された場合の対応等を定める「危機管理マニュアル」を改訂した(同マニュアルには、いじめが発見された場合、被害者の救済・保護を第一に考えること、加害者を確かめること、校内の連絡協力体制を整えること等が定められている。)。

第4.解説

  1. 一審よりも認容額増加
    本件は、福岡地裁の判決を不服とした被告学校が控訴し、被害生徒の両親である原告が付帯控訴した結果、一審よりも認容額が増えたという点がマスコミ的には注目されたケースである。認容額が増えた理由は、被害生徒が専門学校への進学を予定していたことから、一審は賃金センサス「高専・短大卒」を用いたのに対して、控訴審は「学歴計」を用いたことによる(なお、過失相殺は、一審も控訴審もともに2割であった。)。
  2. いじめ防止対策推進法を強く意識している
    福岡高裁では、本件のほぼ1年前の令和2年7月14日にも、いじめ防止対策推進法成立・公布前の事案について、文部科学大臣が平成25年10月11日に決定した「いじめの防止等のための基本的な方針」(以下、「基本的方針」と言う。)が、学校に安全配慮義務違反があったかどうかを判断する上での基準になることを明言するという画期的な判決が出ている。
    本件は、いじめ防止対策推進法成立・公布前の事案であるということに加えて、被告が私学であるということが影響していると思われるが、いじめ防止対策推進法との関係が正面から論じられてはいない。
    しかし、一審及び控訴審の判決を子細にみれば、随所で、いじめ防止対策推進法を意識していることが窺われる。
    まず、一審判決は、本件がいじめ防止対策推進法成立・公布前の事案であることを断りながらも、同法成立の頃において、いじめによって生徒が自殺に至る事案が存在することは各種報道によって世間一般に相当程度周知されていたと指摘し、同法成立以前においても、教員は、いじめが自殺という重大な結果に結びつき得ることを当然に認識していたはずであると判示している。
    さらに、一審判決も控訴審判決も、教員がいじめの兆候を発見し、又はいじめの存在を予見し得た場合には、いじめの増長を予防するため、被害生徒に対する心理的なケアを行う義務、及び加害生徒らに対する指導等を行う義務があるとしている。これは、いじめが確認された場合に、いじめをやめさせ、及びその再発を防止するため、いじめを受けた児童等に対する支援義務、並びにいじめを行った児童等に対する指導義務を定めた、いじめ防止対策推進法23条3項と極めて類似した内容になっている。同項を意識した判示であると考えて間違いなかろうと思われる。
    このように、福岡高裁では、昨年に引き続き、いじめ防止対策推進法成立・公布前の事案について、いじめ防止対策推進法を適用、あるいは強く意識した判断を示しており、今後、いじめ防止対策推進法成立・公布以後の事件に対して、より明確にいじめ防止対策推進法を適用した判断が示されることが期待される。大いに注目されるべきである。
  3. 「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」
    本件における福岡高裁の判断では、被告学校において、文部科学省が平成21年に公表した「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」に基づき「自殺防止のための校内体制」が策定されていたことを重視している点についても言及しておきたい。「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」は、平成23年に発生した大津いじめ自死事件以前に公表されたものであり、当然、いじめ防止対策推進法成立・交付よりも前に公表されたものである。しかし、全国の学校に配布され、公立であると私立であるとを問わず、全ての教職員がその内容を知っていて然るべきものである。ところが、平成25年に奈良県橿原市立中学校の女子生徒が自死した事件に関する訴訟において、生徒の担任だった教諭は、法廷で次のように証言した。要旨を紹介する。
    • 橿原市立中学校の担任教諭の尋問の要旨
    • 私は本件生徒が自死した当時生徒指導部の担当をしていました。
    • 生徒指導部では自殺防止も目的としています。
    • この裁判の中で提出された、「学校には生徒の生命等に対する悪影響ないし危害の発生を未然に防止するための措置を講じる義務がある」旨の意見書を見たことはありますが、内容は覚えていません。
    • 文部科学省が出している「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」を読んだ記憶はありません。
  4. 高校であることは理由にならない
    本件では、被告が、高校教育においては生徒の自主性が尊重され人格的にもある程度成熟した者が対象となること、現実的にも担任が生徒に対して十分な時間を割くことが困難であることを理由に、注意義務は軽減されるべきと主張したことに対して、いじめ被害の重大性は高校教育においても変わることはなく、むしろ心身の発達に伴って手口が巧妙化したり、被害がより重大になることも十分考えられること等を理由に、いじめ発見の端緒を掴んだときには、より一層機を逃さず適切に対応するべき義務があるとされたことも注目される。当事務所が現在扱っている高校でのいじめ案件でも、被害生徒の母親は、担任から、「お母さん、中学は義務教育だから、道徳の時間を設けて話し合いの場を持つが、高校は一切しません。高校は自分で決めたのだから、自分で乗り越えてください。」と言われたと主張している。本件において被告は訴訟の中で同様の主張をしており、このような考え方をしている高校はかなりあるのではないかと推測される。しかし、本件では、一審及び控訴審を通じて、このような考え方が通用しないとの判断がなされており、高等学校におけるいじめ対応の現場に相当の影響を与えるのではないかと思われる。

この記事を書いた人

吉原稔法律事務所